住宅ローン「定年後も7割」に見る、日本の金融教育の遅れ

2026年9月6日の日本経済新聞一面に、目を引く見出しが並びました。「住宅ローン『定年後まで』7割」。住宅ローンを組んでいる人のうち、実に7割が定年を迎えたあとも返済を続けているというのです。

さらに記事では、ローンの「実質金利」――物価上昇なども踏まえた実質的な負担――を正しく理解していない人の割合が、米国・ドイツ・中国と比べて日本は圧倒的に高いという調査結果も紹介されていました。

FP(ファイナンシャルプランナー)として日々ご相談を受けている立場から見ても、この結果は驚きではありません。むしろ「やはり」という感覚に近いものがあります。今日は、この記事をきっかけに、日本の金融教育の遅れという根っこの問題について考えてみたいと思います。

なぜ「定年後も返済」が当たり前になったのか

住宅ローンが定年後まで続く背景には、35年ローンはもちろん、近年では40年・50年という超長期ローンが珍しくなくなったという事情があります。借入時の年齢い30代後半~40代であれば、35年ローンでも完済は70代前後。50年ローンともなれば、完済年齢はさらに先に延びます。

なぜ、これほど長いローンを平気で組んでしまうのでしょうか。理由の一つは、多くの人が住宅ローンを検討するとき「毎月いくら返せるか」という目先の返済額しか見ていないことにあります。返済期間を延ばせば延ばすほど月々の返済額は下がりますから、「これなら払える」という安心感につながりやすい。しかし、その裏側で「総返済額」や「完済時の年齢」「退職金や年金でどこまで賄えるか」といった視点が抜け落ちてしまいます。

住宅メーカーや金融機関にとって、ローンを長く組んでもらうことは、住宅を売りやすくし、金利収入を増やすことにもつながります。「月々〇万円台から」「頭金ゼロでもOK」といった広告表現は、返済期間を延ばせば実現できてしまう数字であり、それ自体が悪いわけではありませんが、消費者がその裏側にある総返済額や完済年齢まで含めて理解した上で判断できているかは別問題です。マーケティング戦略として巧妙に「買える金額」を演出する仅組みが整っている一方で、それを冷静に判断するための金融知識を、消費者側が十分に持てていない。これが今の日本の住宅ローンを取り巻く構図だと感じています。

そもそも「住宅は買うもの」という前提そのものも、一度立ち止まって考える価値があります。賣貸という選択肢も含め、ライフプラン全体の中で住宅取得を位置づけずに、「みんな買っているから」という空気だけで数千万円、数十年単位の意思決定をしてしまうことにも、私は危うさを感じます。

国際比較に表れる、日本の金融リテラシーの課題

冒頭の日経記事では、実質金利の理解度において日本が主要国に見劣りするという調査結果が紹介されていましたが、これは今回に限った話ではありません。金融広報中央委員会が実施している「金融リテラシー調査」でも、同様の傾向が繰り返し確認されています。

例えば2022年の調査では、住宅ローンの仕組みに関する正誤問題の正答率は日本が68%であるのに対し、米国は73%(2018年調査)。さらに大きな差が出るのが「複利」の理解度で、日本が43%にとどまるのに対し、米国は72%に達しています。

複利の理解は、まさに「実質金利」を正しく捉えるための土台になる知識です。単純な表面金利だけでなく、時間の経過とともに利息にも利息がつく仕組みを理解していなければ、超長期の住宅ローンが将来どれほどの負担になるかを正確に見積もることはできません。この基礎知識の差が、住宅ローンという人生最大級の意思決定の質にそのまま跳ね返ってきているのだと思います。

なぜ日本では金融教育が後回しにされてきたのか

背景には、いくつかの構造的な理由があると考えています。

一つは、日本の学校教育において、家計管理やローン、資産形成といった実践的な金融知識を体系的に学ぶ機会が長らく限られていたことです。高校家庭科での金融教育の拡充は2022年度からと、諸外国と比べて動き出しが遅く、今の30〜50代の多くは、こうした知識を学校でほとんど学ばないまま社会に出ています。

もう一つは、「終身雇用・年功序列」を前提とした昭和・平成的な家計モデルが、長らく標準として機能してきたことです。給与が右肩上がりに増えていく前提であれば、多少無理のあるローンを組んでも「将来の昇給でなんとかなる」という感覚が成立し得ました。しかし、雇用や賃金の先行きが見通しにくくなった今、その前提はもはや通用しません。にもかかわらず、家計に対する意識や住宅取得の慣習は、旧来のモデルを引きずったままになっている面があります。

さらに、「土地・住宅は値上がりするもの」という、いわゆる土地神話的な発想も、超長期ローンへの抵抗感を薄める一因になってきました。「いざとなったら売却すればいい」という前提が、実は将来の資産価値や売却のしやすさを十分に検証しないまま置かれていることも多く、これも一種の金融リテラシー不足の表れといえます。

これから必要になる金融教育、6つの視点

こうした状況を変えていくには、学校教育・家庭・そして私たちFPのような専門家からの発信を含め、金融教育を底上げしていくしかありません。特に重要だと考えているのが、次の6つの視点です。

① 住宅ローンの超長期リスクを知る
35年、40年、50年という期間は、金利変動リスク、収入の変化(転職・減収・病気・失業)、家族構成の変化など、あらゆる不確実性を内包しています。「今の金利・今の収入」だけを前提にした返済計画がいかに危ういか、まず認識する必要があります。
具体的な数字で見てみましょう。4,000万円を固定金利1.8%で借りた場合の返済期間ごとの試算です(元利均等返済・概算)。

  • 35年ローン:月々約12.8万円/総返済額 約5,394万円/総利息 約1,394万円
  • 40年ローン:月々約11.7万円/総返済額 約5,614万円/総利息 約1,614万円
  • 50年ローン:月々約10.1万円/総返済額 約6,069万円/総利息 約2,069万円

35年から50年に延ばすと、月々の負担は約2.7万円軽くなる一方で、総利息は約675万円も増えます。「月々の支払いが楽になる」という感覚の裏で、生涯で支払う金額が数百万円単位で膨らんでいる――この構造を理解しないまま契約してしまうと、後になって「こんなはずでは」という後悔につながりかねません。


② 収入対比で適正な返済比率を知る
年収に対して無理のない返済額の目安(一般的には返済負担率25%以内が望ましいとされます)を知らないまま、金融機関の「借りられる金額」を「返せる金額」と混同してしまうケースは少なくありません。金融機関の審査基準は、あくまで「貸せる上限」を測るものであり、教育費や老後資金、日々の生活費まで含めた「無理なく返せる金額」とはイコールではありません。借りられる額と返せる額は別物である、という当たり前のようでいて見落とされがちな視点を、多くの人が持てていないのが実情です。

③ ライフプランを起点に住宅を考える
住宅取得は、教育費や老後資金など他のライフイベントと切り離しては語れません。子どもの進学時期に教育費のピークが重なったり、住宅ローン返済中に自身の老後資金の準備が手薄になったりと、住宅ローン単体では見えないリスクが、ライフプラン全体を俯瞰することで初めて見えてきます。「まず住宅ありき」で物件探しから始めるのではなく、人生全体の資金計画の中に住宅取得を位置づけ、いつ・いくらまでなら無理なく返済できるかを逆算する発想が必要です。


④ 子どもへの金融教育の重要性
金融知識は一朝一夕には身につきません。複利や金利、リスクとリターンといった基礎概念を、家庭や学校教育の中で早い段階から伝えていくことが、次の世代がより良い意思決定をするための土台になります。2022年度から高校の家庭科でも金融教育の内容が拡充されましたが、家庭内でお小遣いの使い方や貯蓄について話す機会そのものが、実は最も身近で効果的な金融教育の場でもあります。

⑤ 投資や貯蓄の必要性
低金利・低成長が続いてきた日本では、「貯蓄だけでは資産が目減りするリスクがある」という感覚がまだ十分に浸透していません。物価が上昇する局面では、現金や預金だけで資産を持ち続けることは、実質的な購買力の低下、つまり「見えないマイナス」を意味します。長期的な資産形成の手段として、貯蓄と投資をバランスよく組み合わせ、NISAなど非課税制度も活用しながら、リスクを取りすぎず・取らなすぎない資産配分を考える視点が欠かせません。


⑥ 借金の怖さを正しく理解する
住宅ローンに限らず、借金は「複利で膨らむ可能性がある負債」であるという本質を正しく理解することが出発点です。特にリボ払いやカードローンなど、住宅ローンよりもさらに高い金利の借入は、返済が長引くほど元本がなかなか減らないという構造を持っています。怖さを知らないまま安易に借りることと、リスクを理解した上で計画的に借りることでは、その後の人生に大きな差が生まれます。

住宅ローンを検討する前に、今日から確認したい3つのこと

最後に、これから住宅ローンを検討する方、あるいは既に返済中の方が、今日からできる確認事項を整理しておきます。

  1. 完済時の年齢を確認する:借入時の年齢+返済期間で、完済時に何歳になっているかを必ず確認しましょう。定年後も返済が続く場合、退職金や年金でどこまで補えるかまでシミュレーションしておくことが重要です。
  2. 総返済額・総利息を比較する:月々の返済額だけでなく、返済期間を変えた場合の総返済額・総利息の違いを、シミュレーションサイトや金融機関の試算表で必ず比較しましょう。「月々の負担軽減」と「総コストの増加」はトレードオフの関係にあります。
  3. ライフプラン表を作ってみる:教育費・老後資金・住宅ローンを一枚の年表に並べてみると、どの時期に家計が最も苦しくなるか、いつまでにいくら準備が必要かが具体的に見えてきます。

おわりに

住宅ローンを組むこと自体は、決して悪いことではありません。問題は、超長期のローンがもたらすリスクを正しく理解しないまま、目先の返済額だけを見て契約してしまうことです。
今回の日経記事が示すように、日本の金融リテラシーは国際的に見てまだ発展途上にあります。だからこそ、住宅購入やライフプランを考えるタイミングは、ご自身やご家族の金融知識をアップデートする絶好の機会でもあります。
「今の返済額なら払える」という感覚だけで判断するのではなく、完済年齢・総返済額・退職後の収入とのバランスまで含めて数字で確認すること。そして、それを一人で抱え込まず、必要に応じてFPなど第三者の視点を借りること。この二つが、超長期化する住宅ローン時代を後悔なく乗り切るための、ごくシンプルだけれど重要な備えになります。「なんとなく買えそう」で決めてしまう前に、一度、専門家と一緒に数字で確認してみることをおすすめします。


出所:

  • 日本経済新聞 2026年9月6日朝刊「住宅ローン『定年後まで』7割 長期金利3%、金融教育の遅れ挽回を」
  • 金融広報中央委員会「金融リテラシー調査(2022年)」

この記事を書いた人

fp.yamagishi

金融機関に勤務しながら、副業でファイナンシャル・プランナーをしています。大学卒業後に金融機関に勤め、10年勤務した後、同業に転職。
25年以上の金融機関勤務経験を活かし、皆さんの資産運用・お金の問題を支援できましたらと考えています。

【資格】
・ファイナンシャルプランナー(CFP)
・FP技能検定1級取得
・貸金業取扱主任者