2026年8月31日の日本経済新聞夕刊に「退職金、なくなるの?」という記事がありました。企業が退職金の仕組みを見直す動きが広がっています。この記事では、そもそも退職金はどうやって生まれたのか、金額はこの30年でどう変わったのか、制度を持つ会社はどれくらい減っているのか、海外にも同じような仕組みはあるのか、退職金の「代わり」に会社は何を用意しているのか、そしてこれからどうなるのかを、10分ほどで読めるようにまとめました。
この記事の要点(先に結論)
- 退職金は「長く勤めた人へのごほうび(功労報酬)+給料の後払い+老後の生活保障」という性格を持ち、戦後の終身雇用・年功序列とセットで広まった仕組みです。
- 大卒で定年まで勤めた人の平均額は、2003年の約2,500万円から2023年は約1,900万円へ、20年で約600万円(2割超)減りました。1990年代後半のピーク(約2,800万円前後)と比べると約900万円の目減りです。
- 退職金(退職給付)制度がある会社の割合も、2018年の80.5%から2023年は74.9%へ低下。とくに中小企業で下がっています。
- 退職金は「なくなる」というより、「一括の一時金」から「会社が掛金を出し自分で運用する年金(企業型DC)」へ、「勤続年数で決まる」から「役割・成果で決まる」へと”形が変わっている”というのが実態です。
- 自分の会社の制度がどのタイプか(一時金型か、DC型か、前払い選択制か)を確認し、足りない分はNISAやiDeCoで自分でも備える——これが今できる対策です。
① そもそも退職金は、どうやって生まれたのか
退職金のルーツは、江戸時代の「のれん分け」だといわれます。商家で長年働いた奉公人が独立するとき、主人が同じ屋号(のれん)で商いをする権利や資金を分け与えた——という慣習です。ここには「長く尽くしてくれたことへの感謝(功労・慰労)」という意味がありました。この”気持ち”の部分は、今の退職金にも受け継がれています。
その後、明治期には大企業を中心に「退職功労金」を渡す慣行が広がり、1936年(昭和11年)には「退職積立金及退職手当法」ができて、一定規模以上の事業所に退職金の積み立てが義務づけられました。
大きく普及したのは戦後です。人手を確保して定着させたい企業と、生活の安定を求める労働組合の思惑が一致し、終身雇用・年功序列・退職金が「日本型雇用」の三点セットとして定着しました。1946年の電力業界の労働争議では「生涯を捧げた従業員には定年後約10年間の生活保障を」という考え方が示され、退職金に「老後の生活保障」という役割が加わります。
制度を後押しした主な出来事を並べると、次のとおりです。
| 年 | 主な出来事 |
|---|---|
| 江戸時代 | 「のれん分け」——長く勤めた奉公人へ営業権や資金を分与 |
| 1936年 | 退職積立金及退職手当法(一定規模以上の事業所に積立を義務化) |
| 戦後〜1950年代 | 終身雇用の広まりとともに退職金が一般化 |
| 1952年 | 税制で「退職給与引当金」の積み立てが認められ、企業が備えやすくなる |
| 1959年 | 中小企業退職金共済(中退共)制度がスタート |
| 1962年 | 適格退職年金(税制適格年金)——一時金を「年金」で受け取る道ができる |
| 1966年 | 厚生年金基金 |
| 1970年代 | 退職金制度の導入率が9割を超える |
| 1990年代後半 | 支給額がピークに(大卒・定年で約2,800万円前後) |
| 2000年度〜 | 「退職給付会計」導入。将来の退職金負担が決算書で”見える化”され、見直し圧力が強まる |
| 2001年 | 確定拠出年金法・確定給付企業年金法。企業型DC(日本版401k)が登場 |
| 2000年代〜 | 勤続年数への依存を弱めた「ポイント制退職金」への移行が進む |
つまり退職金は、「長く勤めるほど得」という設計で、社員を会社につなぎとめるための仕組みとして育ってきました。裏を返すと、転職が当たり前になり、成果で評価する「ジョブ型」が広がると、その前提が揺らぐことになります。
② 退職金の額は、この30年でどう変わったか
厚生労働省「就労条件総合調査」で、大学・大学院卒(管理・事務・技術職)で定年退職した人の平均退職給付額(退職一時金+企業年金の合計)を追うと、はっきり右肩下がりです。
| 調査年 | 平均額(勤続20年以上・45歳以上) | うち勤続35年以上 |
|---|---|---|
| 1990年代後半(ピーク) | 約2,800万円前後(※当時は別調査) | — |
| 2003年 | 2,499万円 | 2,612万円 |
| 2008年 | 2,323万円 | 2,529万円 |
| 2013年 | 1,941万円 | 2,156万円 |
| 2018年 | 1,983万円 | 2,173万円 |
| 2023年 | 1,896万円 | 2,037万円 |
2003年から2023年の20年で約600万円(2割超)減少、ピーク時と比べると約900万円の目減りです。高卒(管理・事務・技術職)でも、2023年の定年退職者は平均1,682万円で、やはり長期的に減っています。
減った背景には、(1)バブル崩壊後の企業業績の悪化、(2)退職給付会計の導入で「将来払う退職金」が企業の借金(負債)として決算書に載るようになり、負担を圧縮する動きが強まったこと、(3)低金利で企業年金の運用がうまくいかず、会社の穴埋め負担が増えたこと、(4)「勤続年数×基本給」で自動的に増える設計を、成果や役割で決まる「ポイント制」に切り替える企業が増えたこと——などがあります。
※注意:調査は年によって対象企業の範囲や集計方法が少しずつ変わっているため、厳密な比較には限界があります。それでも「長期的に数百万円単位で下がってきた」という傾向は共通しています。
③ 退職金制度がある会社は、どれくらい減っているか(規模別)
「そもそも退職金の制度がある会社」の割合も下がっています。厚生労働省「就労条件総合調査」から、従業員規模別にまとめると次のとおりです(退職一時金・企業年金のどちらか、または両方がある企業の割合)。
| 従業員規模 | 2018年 | 2023年 | 変化 |
|---|---|---|---|
| 1,000人以上 | 92.3% | 90.1% | ▲2.2ポイント |
| 300〜999人 | 91.8% | 88.8% | ▲3.0ポイント |
| 100〜299人 | 84.9% | 84.7% | ▲0.2ポイント |
| 100人未満(30〜99人)※ | 77.6% | 70.1% | ▲7.5ポイント |
| 全体 | 80.5% | 74.9% | ▲5.6ポイント |
※国の調査は「30〜99人」という区分で集計しているため、ここを「100人未満」に相当するものとして掲載しています(29人以下の会社は調査対象外)。
読み取れるポイントは2つです。
- 会社が大きいほど退職金制度がある(大企業は今も9割前後)。一方で小さい会社ほど「そもそも無い」割合が高く、しかも減り方が大きい。人手不足で賃上げや採用にお金を回すため、退職金まで手が回らない中小企業が増えているとみられます。
- わずか5年で全体が5ポイント以上も下がった、というスピード感。長い目で見ると、1990年代には全体で9割前後あった導入率が、いまは4社に3社まで下がっています。
(※逆の動きもあります。人材をつなぎとめるために「退職金を新設した」「増額を検討している」という中小企業も一部にあり、2026年の民間調査では合わせて6%程度ありました。)
④ 海外にも「日本型の退職金」はあるのか
「定年まで勤め上げた人に、給料とは別にまとまった一時金を出す」という日本型の退職金は、世界の主流ではありません。ただし、似た仕組みを持つ国はいくつかあります。
韓国 —— 日本にいちばん近い
退職金(퇴직금/トェジックム)は法律で義務です。1961年に義務化され、勤続1年ごとに「30日分以上の平均賃金」を支給します(勤続10年なら概ね10か月分)。長く同じ会社に勤める文化が背景にあり、サムスン電子や現代自動車のような大企業を含め全企業に適用されます。近年は、会社の倒産リスクに備えて社外に積み立てる「退職年金(確定給付DB・確定拠出DC)」への移行が進められています。
台湾 —— 「日本型」から「持ち運べる型」へ移行した先例
もともとは労働基準法にもとづく勤続連動の一時金型(日本型に近い)でしたが、2005年以降の新制度では、事業主が毎月、給与の6%を従業員個人の口座に積み立てる方式に変わりました。転職しても積み立てが途切れず、会社が倒産しても受け取れます。「日本型を、持ち運べる年金に作り替えた」形です。
イタリア —— 全企業義務の「退職手当(TFR)」
TFR(Trattamento di Fine Rapporto)は全企業に義務づけられた制度で、毎年「年間賃金 ÷ 13.5(およそ月給の7%弱)」を積み立て、退職・離職のときに一括で支給します。勤続年数に比例して積み上がる点は退職金に似ていますが、定年退職に限らず転職でも受け取れます。
そのほかの国
- オーストリア:2003年に、勤続連動の一時金型から、口座に積み立てる方式(Abfertigung neu)へ移行。台湾と似た改革です。
- UAEなど湾岸諸国・インド:「Gratuity(グラチュイティ)」と呼ばれる勤続連動の退職一時金があります(例:インドは勤続5年以上で「15日分×勤続年数」)。
対照的に、アメリカ・イギリス・ドイツは
勤続前提の一律の退職金はありません。中心になるのは、(1)企業年金(アメリカの401(k)など、会社が掛金を出し本人が運用する確定拠出型)と、(2)リストラ時の割増手当(severance pay)です。「定年まで勤めたごほうび」ではなく、「在職中に積み立てる年金」と「辞めさせるときの補償」に役割が分かれています。
まとめると——日本型に近いのは韓国、そして旧制度時代の台湾。イタリアやオーストリアも積立型の退職手当を全企業に義務づけています。ただし世界的には「年金(積立)+解雇時手当」が標準で、日本や韓国の手厚い退職金はむしろ少数派です。
⑤ 退職金の「代わり」に、会社が用意しているもの
退職金を減らす・やめる会社は、多くの場合、何らかの受け皿を用意しています。主なものは次のとおりです。
- 企業型確定拠出年金(企業型DC/日本版401k):会社が毎月の掛金を出し、運用するのは従業員本人。運用成績で将来の受取額が変わります。原則60歳以降に受け取り。国の調査でも、企業年金の中でDC(確定拠出)を採用する企業の割合(50.3%)が、従来型のDB(確定給付、44.3%)を初めて上回りました。
- 選択制の確定拠出年金:掛金相当分を「毎月の給与で受け取る(前払い)」か「DCに拠出する」かを従業員が選べる仕組み。
- 退職金前払い制度:退職金相当額を、毎月の給与や賞与に上乗せして先に払う方式。「今の手取りを増やしたい」という人向けですが、受け取った分に税・社会保険料がかかり、使ってしまうと老後に残らない点は注意。
- 確定給付企業年金(DB)/キャッシュバランスプラン:将来の受取額をあらかじめ決めておく年金。市場金利に連動させて会社の負担を平準化する「キャッシュバランスプラン」も広がっています。
- 中小企業退職金共済(中退共)・特定退職金共済(特退共):中小企業が外部の共済に毎月積み立てる方式。国の調査では、退職一時金がある中小企業の約半数が中退共を利用しています。
- 株式報酬・持株会など:ストックオプションやRSU(譲渡制限付株式)、従業員持株会、財形貯蓄なども、広い意味での「将来資産づくりの支援」として使われます。
いずれも共通するのは、「会社が老後まで抱え込む」から「在職中に積み立てて、あとは本人へ」という方向への変化です。
⑥ これからの退職金は、どうなるのか(展望)
(1) 「なくなる」より「形が変わる」
退職金がゼロになる会社が一気に増える、という話ではありません。実際に起きているのは、一括の一時金 → 企業年金(とくにDC)へ、勤続年数で自動的に増える設計 → 役割・成果で決まるポイント制へ、会社が運用リスクを負うDB → 本人が運用するDCへ、という「中身の置き換え」です。国の調査でも、過去3年間に退職一時金制度を見直した企業は7.9%で、その中には「退職金を縮小・廃止して毎月の給与を増やした」という回答も含まれます。
(2) 転職前提の時代に合わせた設計へ
ジョブ型雇用や中途採用が広がると、「20年、30年勤めて初めてまとまった額になる」設計は、会社にとっても社員にとっても使いにくくなります。転職しても持ち運べる(ポータブルな)DCやiDeCoが、その受け皿として重みを増していきます。
(3) 「将来の退職金より、今の月給」というニーズ
物価が上がる局面では、「30年後の退職金より、いまの手取りを増やしてほしい」という声が強まります。2026年の民間調査でも、前払いを選べる制度へのニーズが高まっていると報告されています。
(4) 税制の逆風
- 2026年1月から、退職一時金とiDeCo・企業型DCの一時金を近い時期に受け取る人への課税が厳しくなりました(「退職所得控除」を重複して使えない期間が、5年から10年に拡大。2025年度税制改正)。受け取る順番とタイミングで手取りが変わるため、事前の確認が重要です。
- さらに「勤続20年を超えると控除が急に手厚くなる」現在の仕組みが転職の妨げになっているとして、見直しの議論が続いています(2025年度の改正では大きな変更は見送られ、引き続き検討)。
(5) 中小企業では「新設・増額」の動きも
人手不足を背景に、採用力を高めるために退職金をあえて新設・増額する中小企業も一部にあります。全体としては縮小傾向でも、業種や企業規模によって濃淡があります。
まとめ:いま、私たちがやっておくこと
「退職金、なくなるの?」の答えは、「多くの会社で”昔ながらの手厚い一時金”は縮小が続く。ただしゼロになるのではなく、会社が掛金を出して自分で運用する年金(DC)などに置き換わっていく」です。
そのうえで、今できるチェックリストです。
- 自分の会社の制度を確認する —— 退職一時金型か、企業型DCか、前払い選択制か。就業規則や退職金規程、人事・総務に確認しましょう。
- 企業型DCがあるなら、運用の中身を見直す —— 預金だけになっていないか。長期・分散を意識した配分に。
- 「退職金頼み」の老後設計をやめる —— 平均額はこの20年で約600万円下がりました。ねんきん定期便で公的年金の見込みも把握を。
- 自分でも積み立てる —— NISAやiDeCoを早めに始めるほど、複利の効果が効きます。
- 受け取り方も勉強しておく —— 退職金とDC・iDeCoは受け取る順番・時期で税金が変わります。50代になったら一度、専門家に相談を。
退職金は「もらえて当たり前のもの」から、「制度を理解して、自分でも備えるもの」へ。今回の日経の記事は、その変化に気づくきっかけとして、とても良いテーマだと思います。
出典・参考
- 厚生労働省「令和5年就労条件総合調査 結果の概況」 https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/jikan/syurou/23/
- 厚生労働省「平成30年就労条件総合調査 結果の概況」 https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/jikan/syurou/18/index.html
- 厚生労働省「平成25年就労条件総合調査 結果の概況(退職給付の支給実態)」 https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/jikan/syurou/13/gaiyou05.html
- 厚生労働省「平成20年就労条件総合調査結果の概況 正誤表」 https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/jikan/syurou/09/dl/251029.pdf
- りそな年金研究所「わが国の退職金・企業年金の実態について(就労条件総合調査2023年より)」 https://www.resonabank.co.jp/nenkin/info/note/pdf/202401.pdf
- クミタテル「退職金の歴史から学ぶ」 https://kumitateru.jp/learn/history.html
- 財務省「退職所得課税の概要」 https://www.mof.go.jp/tax_policy/summary/income/d013.pdf
- ニッセイ基礎研究所「韓国における退職年金制度の導入過程や現状について」 https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=40626
- JILPT「労働者退職金制度に関する改正新法が成立(台湾:2004年8月)」 https://www.jil.go.jp/foreign/jihou/2004_8/taiwan_01.html
- 日本貿易振興機構(ジェトロ)「イタリアにおける雇用制度(2021年7月)」 https://www.jetro.go.jp/ext_images/_Reports/02/2021/a6f900741aff03bd/202107.pdf
- freee「【2026年施行】退職所得控除が見直し!5年ルールが10年に?」 https://www.freee.co.jp/kb/kb-payroll/retirement-income/
- 日本経済新聞(東京商工リサーチ「2026年『退職金』に関するアンケート調査」)https://www.nikkei.com/article/DGXZRSP708627_X10C26A6000000/
※金額・比率は各調査の公表値です。調査年ごとに対象企業の範囲や集計方法が異なる場合があり、厳密な時系列比較には一定の幅があります。
